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まちブログ
長崎からエールを

地元の人が「いいな」って思える町って、素敵だと思うんです。|「Hajikko」武次亮さん

長崎市街から野母崎半島へ向かって車を20分程度走らせた場所に位置する土井首地区。少し歩けばどこかしこに八郎岳をくだる川が流れていて、住宅地や道路でも色んな動物が顔を出す。長崎市でも貴重な、ありのままの自然が色濃く残る町だ。

生まれも育ちも土井首だった僕は、常にこの自然の豊かさに触れながら育ってきた。

春先には、中学校の裏手から野母崎半島のはじっこまで繋がるサイクリングロードに山イチゴを採りに行った。夏になると、花壇に植えてある花を求めて毎日のようにシカが現れた。秋になれば、通学路にある家のおばちゃんが柿をくれた。

そして冬には、僕の友だちが八郎岳で遭難して全国ニュースになった。当の本人たちは辛かったろうが、大きなケガもなく助かったことで今は思い出に変わっている。

釣りに行きたければ深堀や香焼に行けばいいし、水仙や潮干狩りを楽しみたければ野母崎までひとっ走り。気付けば伊王島までも陸路で行けるようになった。いまだから自分自身が恵まれていた環境にいたのだと理解できているが、これが当たり前だった僕は大人になるまでその魅力に気付けなかった。

そして、自然だけに留まらない魅力がこの町には存在する。それに気付かせてくれたのが、長崎市南部地区限定のフリーペーパー・Hajikkoだった。

今回は、僕が生まれ育った南部地区の色濃いお話。ぜひ、最後まで読んでいただけると幸いです。

(昔は化粧品屋さんだったお店を自ら改装したそう。)

取材に向かった先は、9月22日(火)にオープンしたHajikko商店。(長崎市江川町)

今回は、先に紹介したHajikkoの発行を手掛けながら、このお店の運営などを行っているLOCAL COMMUNITY DESIGN SLOW・武次亮さんに話を伺った。

―大学卒業後に、すぐに独立を?

武次:大学のときから福岡に住んでいて、そのまま福岡でアパレル関係の仕事に就きました。当時は、30歳までは遊んでいたい、チャラチャラしてたいっていう気持ちがあって。(笑)

―そのまま30歳まで福岡に?

武次:自分の中ではそのつもりだったけど、長崎に居る父親が病気になってしまったんです。 それから、当時の彼女……いまの妻と「結婚式も見せたいし、孫も抱っこさせてあげたい」という話をして長崎へ帰ってきました。社会人として福岡に居たのは、結果的に2年くらいだったかな。

(今回の取材にご協力いただいた武次亮さん。)

長崎へ戻ってきて、出版社に転職をされたという武次さん。営業経験ゼロからのスタートとなった彼の手元にあったのは、カメラだけだったと語る。

武次:とにかく福岡で一人暮らしがしたくて、某大学の推薦を取ってもらえませんかって先生に頼んだら、「お前の成績で取れるわけないだろう」と。(笑)

かと言って、商学や経済学にはあんまり興味がなくて。その中で見つけたのが別の大学の写真学科。これだなと思いました。営業の仕事をする中で「カメラの基礎が生きた!」という直接的な影響はあまりなかったけど、今の仕事には生きているかなと感じる部分もありますね。

―Hajikkoのノスタルジック紀行、すごく好きでした。

(店内にはHajikkoのバックナンバーがずらり。)

―独立のきっかけは?

武次:大きく分けて2つ、ですね。

1つは、営業を経験していく中でのお客さんの声。よく広告を出してくれるお客さんとの会話の中で「武次くんだから広告を出すけど、正直に言うとあんまり効果はない」と言われたんです。クライアントの要望に応えることが本来の役割だったはずなのに、ノルマを背負った僕たちは「うち、どうですか?」って言葉しか持ち合わせていなかった。

僕自身、そこにしこりのようなものを感じていたので、クライアントさんが正直な気持ちを打ち明けてくれたことは大きかったです。1つの企画しか売れない営業マンを、クライアントは求めていない。

もう1つは、当時の仕事はてっぺん(0時)回るのが当たり前。子どもが生まれて、父親として頑張らないといけない時期で、子どもと過ごす時間はほとんどなかった。

その中で子どもから「お父さんの仕事は何?」って聴かれて、「情報誌を作ってるよ」と答えてはいたけど、自分の中でそんな感覚は全くなくて。この子たちが成長していく中で、自分の親が何をしているのか。その背中を、近くで見せたかったんです。これ(Hajikko)って、すごく分かりやすいから。

(僕は、Hajikko商店のモヒー茶に夢中。)

独立後、地元のクライアントがどこのお客さんに来てほしいのかをリサーチした武次さん。返ってきた答えは、いずれも「もっと地元」だったという。

武次:クライアントさんのメインターゲットは、半径2~3kmくらいの生活圏。ここにケーキ屋さんをオープンしました、おいしそうですね、場所は佐世保です。そう言われたとき、それだけのために佐世保まで行く人はなかなかいない。

裏を返せば、地元の人に知ってもらえたらある程度成り立つということ。「じゃあ、地元の媒体を作ったら面白そうですね」という結論に至りました。

それからお世話になっていた南部地区のケーキ屋さんが、地元のキーマンに当たる方々を紹介してくれたんです。始めた頃は「フリーペーパーって何や?」っていうところからのスタートだったので、ウン十万の赤字で初版を発行しました。実物がなければ人は動かないし、お金も出せない。そこはリスクを負ってでもやらないといけない、そう思っていたので。

―僕とHajikkoの出会いは、行きつけの美容室でした。それから通うたびに「新しいの出てますか?」って聴くことが当たり前になってきて。育ってきた町なのに、灯台下暗しというか……読んでいくうちに「全然知らんな、南部のこと。」って思うようになったのを覚えています。

武次:僕も未だに全然ですよ、南部のこと。(笑)

(紹介するスポットは、地域の方が教えてくれることも多いそう。)

―南部地区限定のフリーペーパーにこだわった理由とは?

武次:例えば、戸町の人が野母崎にって考えたら割と気軽に行けますよね。Hajikkoに載ってる情報が「自分の生活圏内の何か」だと分かってもらえれば、人はその中で循環すると思ったし、あえて外に出さないことで話題にもなるかなと。

発行を継続していく中で「南部に置く必要ってある?」とか「北部に置いた方がいいんじゃない?」とか、色んな声を聴いた。だけど、地元の人が「いいな」って思える町って、素敵だと思うんです。そこはブレずに貫いてきました。

情報はより遠くまで届けるべきものだと考えがちだけど、遠くに届けることが僕の仕事だとは思ってないです。

(南部地区の様々な作家さんの作品が販売されている。)

―ローカルコミュニティマガジン、この名前にも意味はあるんでしょうか?

武次:最近は地方でこういう仕事がどんどん増えてきて、東京や大阪、福岡と比べて「ローカル」っていう表現をする人が多くなった。だけど僕の中では、どちらかというと「地元」。自分たちの住む街の、自分たちの情報誌です。みたいなイメージですね。

「コミュニティ」は、僕自身がHajikkoを作ることだけが仕事じゃない。南部の方で、スタートアップだったり、いまお世話になっているクライアントさんだったり、今後もそういった人たちと仕事ができればという意味合いで使っています。

社長がいて、部長がいる。そんな縦社会だけが仕事の在り方だけじゃない。色んな案件に対してコミュニティで解決していくことこそが、これからの時代に求められることなんじゃないかと。

―現在のお仕事は、南部地区が中心なのでしょうか?

武次:そうですね。もちろんそれだけではなくて、市内中心部だったり、遠くは壱岐の方まで仕事をさせてもらっています。南部地区に限った話をすると、現在は伊王島や三和地区でのお仕事も進めていますね。

自分の中で「これ!」っていう仕事は特になくて、クライアントさんが「夏祭りがしたい」とご相談をくれたら「どういうのにしますか?」って聴きますし、逆に「こんなのはどうですか?」っていう提案もできる。

ただ、自分がやりたいことと、やらなければいけないこと。このバランスはすごく大切にしています。それもあって、Hajikko商店も「事務所兼店舗」という表現を。カフェって言ってしまうと、毎日開けないといけないとか、そういうイメージに囚われてしまうので。

―武次さん以外にも、南部地区で動いている方の話も耳にすることがあります。

武次:知ってる、けどしっかり見たことはないです。(笑)

僕自身がよく間違われがちなのは、「南部を盛り上げたいんでしょ?」「ここを活性化させたいんでしょ?」これはめちゃくちゃ言われます。でも、全然そんなことは考えたことがない。

そもそも、フリーペーパーひとつで町が変わるわけがないんです。

自分の能力で食べていく。そう考えたときのツールが今の仕事だというだけで、この仕事で南部を盛り上げようなんて思ったことは一度もない。僕の仕事ぶりを見てそういう評価をしてくださることは嬉しいんですが、それと同じくらい「南部のイベントは、すべて取材に行かないといけない」とか「近隣のボランティア活動にも、積極的に参加するべき」とか。そんな言い方をされることも多い。

あくまで僕が働く目的は、家族と生活のためです。

(武次さんなりの信念を感じた瞬間でした。)

僕が次に用意していた質問は、まさしく地域活性化に関する内容だった。「しまった、準備不足だ。」この感覚が頭を過り、質問をまとめていたスマートフォンの画面を伏せた。

そのままの流れで「武次さんが想う地域活性化とはなんでしょうか?」と聴いたとしても、「正直、あんまり意識したことはないけど…」こんな言葉の後に、真摯に答えてくださったと思う。だけど、僕が聴きたかった話は建前ではない。

言葉に詰まってしまった僕をよそ目に、武次さんは次のように続けてくださった。

武次:南部地区のクライアントさんの予算は、市内中心部よりも少ない。これは南部地区に限ったことじゃないと思うけど、僕はこれで区別はしないんです。一度でも「やりがいの搾取」みたいなことをやってしまうと、ビジネスとしては終わる。この考えに対して厳しい意見もあるんですが。

ただ、ボランティアにもやるべきこと、そうでないことがあると思っているので。地域の清掃活動なんかはもちろんやります。

イベントを企画した人が「みんなで盛り上がろうぜ」っていう人の集め方をする場合がある。僕は、集まってくれた人たちの貴重な時間を使って「盛り上がったからいいじゃん」で済ませるのは好きじゃない。

残念ながら、この世の中で対価として扱われるのは、ほとんどの場合がお金。「お金はここまでしか出せないけど…。」と正直な気持ちを伝えてくれるのであればいいけれど、「楽しいから」とか「地元のために」といった理由だけでは継続が難しいと思うし、僕はそこに魅力は感じないんです。

(武次さんの価値観、考え方に聴き入ってしまいました。)

相手が費やす時間を考えることなく「来てくれたら盛り上がる」と言うのはエゴだと言い切る武次さん。通常営業を止めてまで出店してくれる業者さんに対して、集客や売上がどこまで見込めるのか。金銭面以外でどんなメリットがあるのか。ここまでの作り込みをした企画書を必ず渡しているという彼の意志と、僕自身の未熟さを思い知った。

武次:「地元のイベントには、地元のお店が出ないとだめ」なんていう人たちは、本当にそのお店の人たちが困ったときに「地元だから」って助けることはない。ビジネス思考と言われてしまえばそこまでだけど、ここまでやらないと本当の信頼関係は作れないんです。

僕は、彼の奥底に潜む熱を感じずにはいられなかった。

(キッズジュースに続くメニューも足されるのだろうか…?)

―武次さん的な「南部」の境界線はどこでしょうか?

武次:浪の平の、戸町・二本松口に分かれるところの歩道橋かな。(笑)

―僕は、小ヶ倉交差点です。(笑)

ということは、Hajikkoで取り上げる地域の境界線もそのあたりに?

武次:そうですね。周りの話を聴いていると、人によって境界線は違うんだなって思います。(笑)

―南部地区で「ここはいいな」と感じるところはありますか?

武次:住んでる人が現状に満足してないこと。どちらかと言えば不満が多いし、だからこそHajikkoを応援してくれていると思う。

自分の住む地域に対して少し負のイメージからスタートしてる部分もあったから受け入れられたんじゃないかと。もっと言えば、取材の中で出会った人たちが次のところを紹介してくれる。そういう人の繋がりは魅力だと思います。

自分の顔が利くところを紹介してくれる人のあたたかさ……っていったらチープな感じがするけど。

―スナック特集で出てきたおじさんがいましたよね。その人が、次号で特集されていたことにたまたま気付いて。そういう面白い発見もありました。(笑)

武次:僕自身が仕事だと割り切れているから、地元をフラットな目線で見ることができているのかもしれない。愛着が強すぎると内容も偏るし、媒体としての在り方に拘ってしまうと制限が出てきますよね。だけど、その時々で地域の人が面白がってくれて次の情報を提供してもらえる。それはHajikkoの強みかもしれない。

―取材の中で知っていくことも多い、ということですね。

武次:ほぼ、知らないことばかり。(笑)

―ディープな内容を取り上げているのに、なぜか読んでいても内輪感がないんです。

武次:内輪感ってめちゃくちゃ強いツールに成り得るけど、同時に危うさもあると思っています。イベントも媒体も、そういう感じは出さないようにすごく意識してるし、主催者側がそうなると良くないのかなと。

(フロアのワンポイント。うちの息子はいつもここに夢中。)

今後、やりたいことありますか?

武次:Hajikko商店の方で言うと、小売業って難しいなと。店舗を構えたことで、これまでクライアントさんが抱えていた大変さや苦労が初めて分かったんです。この経験は必ず生きてくると思うので、そういった仕事への向き合い方をしていきたいですね。

あとは、僕自身がいい意味でモデルプランになりたい。広告をやってて、媒体も持ってる。だけど、今からの時代分からないじゃないですか。そういった流れに左右されないように、いろんな経験を生かせるような働き方を続けていきたいなと。

僕はクリエイターじゃない。それが唯一の足かせじゃないけど、どこか負い目を感じていた部分ではあるんです。写真は撮るけど、カメラマンじゃない。各分野のプロフェッショナルやクリエイターに対して、自分はどの立場なんだろうって。

都会ではそういう人たちを率いて働く人のことをジェネラリストって言うらしいけど、あんまり長崎では聴いたことがないので。人としてそういった存在になれたら、体現していけたらなと思っています。

(南部地区にお越しの際は、ぜひ足を運んでみてください。)

僕は、とても不器用な人間だ。

聴くことに集中してしまうと、相手の言葉の意味を飲み込むまでの時間を大切にしたい。故に、「ふうん…」「なるほど…」なんてリアクションをした後が続かず、会話が成り立たなくなることが多い。

対して、会話に集中してしまうと、話の真ん中で引っ掛かるワードに突っ込みたくなる。そのことで頭がいっぱいになって、その後の話は聴いているようで聴いていない。これが話の冒頭だったら、相手の話をほとんど聴いていないことになる。

どちらも善し悪しなのだが、僕の場合は後者が悪い作用を引き起こすことの方が多い。その場のノリで言葉を返してしまって、終わった後に「こう言えば良かった」「よく考えたらそんなことは思っていないのに」なんて気持ちに苛まれてしまう。

だから文章を選んだ。

予め聴きたいことを準備できるし、その話題に沿って広げるだけで良い。家に帰って、録った答えを自分の中にじっくり漬け込んで、そこから見える僕自身の価値観と対話ができるからだ。

そう思いながらインタビューを重ねて、このようにいつもと媒体で文章を書かせていただく機会も増えた。いつしかそのことに慢心し、インタビュアーとしての取材の作り込みが疎かになってしまっていたと猛省。

僕が聴きたいのは、話し手の本音だ。

(とっても楽しくて貴重な時間。ありがとうございました!)
取材対象者 LOCAL COMMUNITY DESIGN SLOW
武次亮さん
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Hajikko商店 長崎市江川町194-1
※営業日はinstagramにてご確認ください

Photo by … 米満 光太郎

ライター紹介

地元の人が「いいな」って思える町って、素敵だと思うんです。|「Hajikko」武次亮さん

ショートショート長崎/ながさき若者会議

長野 大生

長崎市出身のライター・編集者。2021年からは、長崎を舞台にした短編小説集を制作するプロジェクト「ショートショート長崎」の代表として、ショートショートの普及活動も行っています。