― 坂のまち、長崎。
この街に住んでいると、テレビやラジオ、雑誌や新聞など、いたるところで耳にするフレーズだ。とても風情があって、異国情緒なんて言葉と和えられた日には「俺の住んでる街だぞ!どうだ!」という気持ちになって、買いたての北欧家具を我が家に並べたときのような感覚さえ湧いてくる。紛うことなくお洒落。
しかしながら、思い返してみれば苦労の方が圧倒的に多い暮らしをしてきた。幼稚園児の頃に覚えたての自転車を漕いでもぜえぜえ、高校時代は坂を上る通学路でぜえぜえ、今やしょっちゅう乗っている車でさえ、坂道を走らせるとブンブンではなくぜえぜえと言っている気がする。シャープペンひとつ捨てることでさえ罪悪感に苛まれる私は、この車の訴えを聴くたびに心が痛い。心身ともにアンヘルシーだ。
八郎岳の麓で暮らしている私でさえこんなに不便だと感じてしまうのに、本当に「坂のまち」で暮らしている人たちは一体どんなスタミナをしているのだろうか。いや、どんなうまいものを食べているのだろうか。もしかしてびわか?びわ仙人なのか…?
今回は、大浦天主堂やグラバー園のある南山手地区の空き家を改装し、実際にそこで暮らしながら地域活性化の活動に携わる「斜面地・空き家活用団体つくる」代表・岩本諭(いわもとさとる)さんに話を伺った。
―長崎に初めて来たときの印象を教えていただけますか?
岩本:う~ん、覚えてないなぁ。(笑)長崎大学の環境科学部に行きたくて長崎に来たんだけど…。最初の印象は「山と海が近いな!」って感じ。大分は山がなだらかにすーっとあって、その中腹くらいに住んでたんだけど、海がすごく遠かった。長崎は海と山がすぐ近くにあって、コンパクトだなあって印象を受けたね。
―言われてみればたしかに…。長崎に来て、すぐ斜面地に住んでいたわけではない?
岩本:最初は全然!長崎大学近くの1Kのアパートに住んでて…その頃はバンドとかやってましたよ。(笑)それからずっと長崎だから、もう10年以上になるね。
―いまのお仕事について教えてください。
岩本:いまはコミュニティデザインという仕事をしています。「つくる邸」は仕事と言うよりライフワークに近いかな。コミュニティデザインというのは、地域の人と一緒にまちのことや地域に対してやりたいことをみんなで考えて、まちをより良くしていく仕組みを考える仕事。いまは個人事業として「つくるのはデザイン」という屋号で、この仕事に取り組んでいます。もちろん、つくる邸の活動の経験も、この仕事の中で活きているよ。
―斜面地、空き家に出会ったきっかけは?
岩本:元々、大学3年のときの研究として都市計画の勉強をしてて、その題材が「斜面地」だった。卒論として仕上げるために、自治会長さんたちに「斜面地ってどうすか?」みたいにインタビューして、それをまとめてたのよ。その中で「空き家が増えてる」とか「若い人が減ってる」とかいう声が聴こえてきて、自分たちもここ(斜面地)で何かできるんじゃないかってことで、論文だけじゃなくて実際に空き家を借りて活動をしてみようということになった。
―ということは、つくる邸には大学時代から住んでいる?
岩本:そうだね!大学院1年のときかな、当時の仲間を集めてみんなで壁を塗ったりしながら改装していった。斜面地や空き家との出会いって言うのは、卒論がきっかけかな。コミュニティデザインについても大学生のときから興味があったんだけど、東日本大震災のボランティア派遣で宮城県石巻市まで足を運んで、やっぱりご近所づきあいとか地域の繋がりが大事なんだなって。そういう想いが強くなった。都会での暮らしに憧れていた自分もいたけど、地域コミュニティや人との繋がりっていうものは、確実にセーフティネットになるから。それからいざ自分でやってみようってなったときに、アパートの中では何も生まれなかった。ちょうどその時期に、卒論のヒアリングのタイミングが重なった。
―岩本さんが思う「坂のまち」の魅力を教えてください。
岩本:やっぱり眺め。ベタだけどめっちゃ良かった。
―と言うことは、一目惚れ?
岩本:うんうん、そうかも。「おぉ、いいやん!」って。
―長崎にずっと住んでいる私たちから見ると、駐車場がないとか、雨の日が大変とか、どうしてもデメリットの方に目がいっちゃうんです。
岩本:そうそう!ヒアリングでこの地区に来たときにも「斜面地は大変で」とか「人口が減ってて」とか聴いて…。たしかにそうだけど、いいところもめっちゃあるじゃん!って思った。生活の中にエレベーターもあったりするから、この地区は比較的住みやすい方かもしれないけど。
―グラバースカイロードとか…!
岩本:うん、アクセスしやすいよね。歴史もある地域だから目の前に洋館もあるし、眺めもいいし、もったいないなあって。
―こんな景色を楽しめると知っていたら、頑張って上れます!(笑)
―空き家再生までの道のり、苦労を聴かせてください。
岩本:苦労は………荷物。(笑)最初から話すと、まず空き家探しに苦労した。最近は増えてるけど、当時は不動産に行っても空き家の情報があんまりなくて。
―先日、空き家バンクというサイトを見かけました。
岩本:そう、当時はそれもなかったから大変だった。だから、不動産の人と一緒に歩いて「空き家っぽいね、ここ」みたいな。(笑)でもね、Facebookで呼びかけたら、空き家の所有者もどうしようかって悩んでたみたいで、意外と声があがった。
―空き家というだけで、所有者は存在するんですよね…。
岩本:それから、普通の物件とは内覧がまるで違う。散らかってるし、整備されてない家も多かった。ここも最初は暗くて、荷物もたくさんあった。空き家を探すのも大変、それから片付けるのも大変。しかも斜面地だから。
―畳なんかもぜんぶ張り替えですか…?
岩本:ここは大家さんがとても良い人だった。自分も手伝ったりしたけど、畳の張り替えとかは済んだ状態で貸してくれたから、すごく恵まれた方だったと思うよ。それに、とても大切にされてきた家だったから、傷みもそこまでなかった。ここに住みたい!と思っても、どこに聴いたらいいか分からなかったり、所有者が見つからなかったりっていうこともあるだろうし。そういう情報は、実は不動産よりも地域の人たちの方が詳しかったりもするんだよね。
―空き家っぽいなあと思うところは市街地でも見かけますよね。
岩本:貸物件って書いているところはいい方だよね。所有者もなんとかしようっていう意志があるから。そうじゃない空き家が一番大変で、放置されていたら草が生えたり、倒壊したりする可能性もある。それはすごく危険だし、地域の人たちが困ってしまう。貸しようもない、借りようもない、だから解体するしかない。そうするとお金がかかるねーって。
―その費用は所有者さん?
岩本:普通はそうだね、あるいは所有者の親族とか。ただ、県外にいる親族は気持ちがあってもそこまで意識が回ってないかもしれない。だから、なかなか解決に至らない。
―空き家問題と呼ばれるものですね。
岩本:つくる邸に話を戻すと、住み始めるためにお金がかかる。内装や家具を揃えないといけなかったから。だけど、この活動を発信したら大人の人たちが「お金はあげられないけど、場所なら貸せる。仕入れ値さえ引いてくれれば、売上は全部あげるよ」って協力してくれて、ランタンフェスティバルで「ちゃんぽんまんじゅう」を売ったこともあった。仕入れ値は40円くらいだったんだけど、いくらで売ってもいいって、そのへんは自分たちで勉強しろって言ってくれて、2週間くらい働いて内装の改装費を稼いだ。資金繰りにも苦労していたけど、家具も買うことができたし、空き家再生に積極的に取り組んでいる広島県尾道市に修行に行かせてもらったりもして…。そこで触りだけ教えてもらって、この家をつくる邸として再生させることができた。
岩本:花火見ながらお酒飲んだり、みんなでバーベキューしたり。斜面地で暮らすと景色を見ながら色んな楽しみ方があるから、そういう暮らし方の魅力を発信している。オープンデーを設けて、地域の人たちと集まったり、七草粥を作ったり…。こうして空き家を再生するまで、空き家を見つけること、見つけた家を整えること、そのための資金繰り…大学生の自分たちにとって、このあたりが難しかったなぁと思う。
―「斜面地・空き家活用団体つくる」の活動内容とは?
岩本:花火鑑賞会やピクニックといったイベントを通して坂のまちに来るきっかけを作って色んな人に来てもらったり、このあたりの音を収録したCDやカレンダーを制作して魅力を伝えていったり。あとは精霊流しや夏祭りを通して、地域のお手伝いをしたりとか…。坂のまちの魅力を発信すること、地域のサポートやお手伝い、それから空き家の再生をして拠点を増やしていくこと。色んな活動をしている人たちの拠点が増えていけば、それだけ地域も盛り上がってくるんじゃないかと思っているから、この活動を通してそういう文化が生まれてくるといいね。
―今後、新たにやりたいことなどはありますか?
岩本:この地区の空き家バンクの整備。これまで活動してきた仲間だったり、地域の人たちと一緒に、地域をよくするための不動産というか…「まちづくり不動産」みたいなことをやっていきたいなぁと。あとは、「空き家の岩本諭くん」って言われることの方が多いけど、僕の本業はコミュニティデザイン。今は自分の手の届く範囲で活動しているけど、長崎県内の各地に足を運んでコンサルができるように体制を整えていこうかなと思ってる。
―長崎で暮らす若者に、メッセージをお願いします!
岩本:自分のやりたいこと、興味のあること、モヤモヤしていることを口に出して表現してください。僕が大学生のときもそうだったけど、政治とか真面目な話を口に出しても「何言ってんだ」みたいな空気があると思う。だけど、自分が思ってることを友だちと話すことで「自分たちだったらこんなことができるかも」「これをやってみようか」なんて話が広がることだってある。人口が減ったとしても、色んな活動や表現をする人たちが増えていくと、もっと地域は良くなると思います。
「僕の仕事は『こうすれば良くなるから、こうしなさい』という上から目線の意見を伝えることではなくて、地域のみんなが同じ目線で話し合える環境を作ること。そして、地域の課題を一緒に考えて解決していくことなんです。」
笑顔でそう語ってくれたのは、坂のまちに君臨するびわ仙人ではなく、坂のまちから望む景色に一目惚れして住む場所を決めちゃうほど普通の人だった。彼が伝える坂のまちの魅力、コミュニティの魅力にすっかりのめり込んでしまった私は、「また必ずお邪魔します」と言い残し、ぜえぜえ言いながら帰路についた。
名称 | つくる邸 |
住所 | 長崎県長崎市南山手町13-24 |
オープンデー | 水曜日12:00~17:00(入場無料です。) ※現在新型コロナウイルスの影響により休止しています。 |
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