― 気づいたら、もう野母崎から出たくなくなってたんです。
前回の記事で、地元・野母崎への熱い想いを語ってくれた山崎楓太くん。後編となる今回は、彼が手掛けている話題のInstagramアカウント・のもざきぐらむに登場する野母崎の非公式キャラクター・水仙マンの話を訊くことに。
「トイレに行きたいので、少し席を外していいですか?」ということだったので、まずは水仙マンの誕生秘話をご紹介。
事の発端は、2020年の水仙まつりまで遡る。
現在の恐竜パークがまだグラウンドだった頃、楓太くんが所属する野母崎ペーロン倶楽部が駐車場係を担当していた。当たり前のことなのだが、どこか味気ない臨時駐車場を見た楓太くんの父が「キャラクターがいてもいいんじゃないか」とポツリ。
そのとき、颯爽と現れたのが「水仙マン」だった(?)らしいのだ。
当初は無言を貫いていた水仙マンだったが、ある日を境に人が変わったように話しはじめ、次々と来場者に声を掛けるようになった。
― 生まれたばかりなので、一緒に写真を撮りませんか?
水仙マン:お待たせしました。
― マネージャーは…?
水仙マン:ちょっとおなか壊してるみたいで。代わりにお答えしますよ。
― はぁ……。
突如現れた水仙マンに戸惑ったけれども、マネージャーより直接訊いた方が早いと判断したのでそのまま続けることに。
― 先ほど、水仙マンの誕生秘話について訊きました。何でも、水仙まつりを訪れた人たちと写真を撮りまくったとか……。
水仙マン:そうですね、100人と写真を撮りたいと宣言して、1日で400人くらいの人と一緒に写真を撮ってもらいました。その時はマネージャーも驚いてましたね、たしか「ペーロンで優勝したときくらいのインパクトがあった」とか。それを機に、僕はマネージャーが運営するのもざきぐらむの登場キャラとして定着していったんです。
マネージャー曰く、「自分がその場にいるよりも、水仙マンが居てくれた方が来た人も絡みやすい」とのこと。キャラクターというふれ合うことが当たり前の存在が野母崎を訪れる人を虜にし、今や野母崎のシンボルとなっている。
当初は飲食店を中心に紹介していたのもざきぐらむに水仙マンが登場したことで、発信されていく内容も一変。水仙マンが訪れるスポット、会いに行く人、それが野母崎でもそうじゃなくても、見ての通り花が添えられたのだ。
水仙マン:僕がのもざきぐらむのキャラクターとしてバカやってると、マネージャーの真面目な部分が際立つんです。逆も然りで、かっこいいだけだと嫉妬されちゃうんですよね。そういう目線で見ても、のもざきぐらむはバランスが取れてるんだと思いますよ。
水仙マンって、実のところ何者なの?
水仙マン:僕は野母崎を推薦する人です。非公式で。
― 公式になりたい願望とかは…?
水仙マン:ないですね、なれるかどうかは別として。責任って言葉がキライなんです。やりたいようにやらせてくれって感じです(笑)。
水仙マン:具体的に言うと、マネージャーと一緒に番屋の運営をやってます。ここは僕の秘密基地なんですけど、ここに来てくれたお客さんに楽しんでもらうことを心がけてます。のもざきぐらむの主人公、といったところですかね。
マネージャーが目指していた歌手になってしまったことに少しばかりの申し訳なさを感じているという水仙マン。しかし水仙マンを推薦したのは、他でもないマネージャーだったそう。
水仙マン:共通の知り合いがきっかけでRAINBOW MUSICさんと繋がったんですけど、当初はマネージャーの方をプロデュースしたいとお声掛けしてもらってたんです。どういうわけか、その時にマネージャーが僕を推薦してくれて僕がデビューすることになったんです。
その後、RAINBOW MUSICさんが出演するイベントを中心に、歌手としての活動もスタート。2021年10月には、お寺の本堂でパフォーマンスする機会にも恵まれた。そのときの写真がこちら。
― 野母崎を推薦する、水仙マンの目的を教えてください。
水仙マン:みんなが仲良く、楽しい世界をつくることです。ワン○ース風に言うなら、長崎をひと繋ぎにすること。何もないと言われ続けてきた野母崎の、この最弱の海からその夢を叶えたいと思ってます。
マネージャーと水仙マンの2人は、野母崎のあたたかさに心を打たれていた。それを発信することで、見ていたフォロワー同士が繋がり、仲良しの輪が広がっていく光景を見ながら「平和」を意識するようになったとか。
― のもざきぐらむの最大の魅力は「なんか見ちゃう」に尽きると思うんです。出逢うまでのこっちの感覚としては有名人というか、何となく遠い存在だったんですけど。個人的には小さい頃から見慣れた光景ばかりがアップされることで親近感も感じてたし、あとはやってることが小学生みたい……。
水仙マン:あれ?ひょっとして僕、ディスられてます?(笑)
― ごめんなさい、庶民的って言いたかったんです!(笑)
水仙マン:でも、自分自身がいつでも楽しく。どこまでいっても変わらないってのは心がけてますし、誰にでも共通するようなことを発信するというのは意識してますね。その「なんか見ちゃう」要素がないと、フォローも外されちゃうので。Instagramのストーリーズって、1日100件を越えると古いものから消えちゃうんですけど……。
― 到達したことのない世界の話をしないでください(笑)。
水仙マン:知らないでしょ?(笑) でも、その中でひとつも妥協した投稿はしてないんです。「いつもは文章書いてるのに、今日は写真だけだな」と疑問を抱いて、意図を読み解くのも面白い。こう見えて、色々と工夫してるんです。
― 「意図的に」まちづくりに取り組んでいる人と、「結果的に」まちづくりに取り組んでいる人といるような気がしてて。水仙マンは遊んでるように見えるので後者かな、と思ってたんですけど、地域の真面目な話し合いの場にも時たま現れるじゃないですか。
水仙マン:すごくいい分析をされてると思います。
― なんであれだけ遊んでるのに、そこに顔を出してるんだろうって。きっと僕たちが普段目にしているものは表面的なところですよね。その先、話し合いに出て何を得て、何を感じて、何を伝えようとしてるのか。今日はその部分を訊いてみたかったんです。
水仙マン:いま話したこと、そのまま記事にしてください(笑)。これはマネージャーが言ってたことなんですけど、最初は僕と同じスタンスだったそうなんです。楽しいこと発信して、結果的に地域が盛り上がれば。でも、計画的に動く部分もあっていいのかなって。僕が天才で、それを操る努力家がマネージャー。おそらく、僕が突っ走るだけじゃここまでの存在にはなれなかったです。
県外に就職していった友だちから、「長崎に帰ってきたい」という声を聴くことは少なくない。「いつでも帰ることのできる居場所」という意味では、野母崎、ひいては長崎の景色を観たいという人は多いはずだ。
水仙マン:長崎のいいところは、どこでも誰かと繋がれるところ。だから、どのまちも自分の居場所に成り得るんです。「観光地があります」というのは大前提で、「まちの人と仲良くなれます」という文化があってもいい。水仙マンと行ったら楽しそう、水仙マンがいたらどこでも面白い。そんな存在になれたらいいなと思ってます。
この時にふと思い出したのが、Vファーレン長崎のホームタウンとしても親しまれている諫早市だった。ホームゲームが行われる際に諫早駅からスタジアムまでの道を「Vファーレンロード」と位置づけ、地域住民がホームやアウェイのサポーターをおもてなしするという取り組みが行われている。
こちらの記事でも紹介されているように、長崎への遠征後に「自分にとって大切な場所だと感じるようになった」と答えた方は、実に8割に上ったというから驚きだ。試合後に両チームのサポーターでテーブルを囲む、といった光景もよく見られているとか。
人に喜んでもらうことは、自分の幸せに繋がるはず
― 楽しそうに活動していることはひしひしと伝わってきました。一方で、課題に感じている部分もあったりするそうですが。
水仙マン:若者が「まちのために動くこと」の楽しさに気づくことです。僕も含めて、自分のことが一番大事ってのはみんなそうなんですけど、人を喜ばせたときの幸せが、自分にとっての幸せに繋がるということをもっと知ってほしい。小さい頃から知ってる人たちと過ごして、その人たちを喜ばせるって言うのは、地域振興という意味でもめちゃくちゃ楽しいんですよ。そこにもっと興味を抱いてほしいなって思います。
居場所を持つために、最強になる必要はない。
昨今、県内でも地域や社会の課題に対してアプローチする団体は増えている。誰かにとっての居場所をつくっている反面、類似したコミュニティが乱立している感も否めない。水仙マンが掲げる「みんなが仲良く、楽しい世界」は、そんな現状に一石を投じるのかもしれない。
水仙マン:何かに向かって動く人たちはたくさんいる。でも、その中の一番を争っている場合もあると思うんです。もちろん人間なので、プライドが邪魔をしたりすることもあるけど、声を大にして言いたいのは「最強にならなくてもいい」ということ。もっと言えば、「無敵になればいい」ということです。
― 水仙マン自身は、そういうことはないんでしょうか?
水仙マン:僕やマネージャーの場合は、のもざきぐらむがあることで寛容になれているのかもしれないです。「誰かがやったこと」を発信して、褒めたいだけなので(笑)。
― 無敵にも2つありそうですね。水仙マンが言ってる「自分だけの居場所を持つ」って意味でもそうだし、「誰も敵じゃないんだよ」って思うこともまた、無敵なのかなあと…。
オンリーワン、自分だけの居場所を持つって言うのと、誰も敵じゃないんだって思うことも無敵だよね。
水仙マン:本当にその通りで、上か下かの価値観はいらないってことです。マネージャーも野球人生を振り返りながら、「エラーしただけ、ヒット打てないだけで怒られたくない。生きてるだけでいいじゃん」って言ってました。僕たちは、超平和主義者なんです(笑)。
いつか、誰かを照らす存在に。
最後に、水仙マンが推薦したい野母崎のお気に入りスポットについて訊いてみました。
水仙マン:野母崎半島の最南端にある、樺島灯台です。みんな、地元を離れて、いろんな経験をして、自分が分からなくなるときもある。そんなとき、人々が迷わないよう光り続ける灯台のようになれたらいいなって。人知れず、サボらず回ってる灯台の光が、いつか誰かのためになる。水仙マンも、そういう存在になりたいと思ってます。
いつか、マネージャーの叔父が樺島小学校の校歌を写真に撮ってきてこう言ったんです。
― お前がやってることはこれだ!
その時から、灯台が好きになってました。
我 灯台の灯となりて
樺島小学校校歌三番より
西遥かなる 大空の
闇を照らさん 心持て
自由と平和を 守るらん
水仙マンは、明日も変わらず野母崎を照らす。