包括的性教育、という言葉を耳にしたことはありますか?
性の多様性を含む人権尊重を基盤とした性教育のことを指し、1999年の世界性科学学会で採択された「性の権利宣言」では、誰もが包括的性教育を受ける権利があるとされています。
今ではその目的が「自らの健康・幸福・尊厳への気づき、尊厳の上に成り立つ社会的・性的関係の構築、個々人の選択が自己や他者に与える影響への気づき、生涯を通して自らの権利を守ることへの理解を具体化できるための知識や態度等を身につけさせること」と定義されているそうです。(国際セクシュアリティ教育ガイダンスより)
少し難しい表現からのスタートになってしまいましたが、今回は、この包括的性教育の普及に取り組む長崎市の市民団体・長崎性教育コミュニティ アスターさんにお話を伺いました。
「なんかムズかしい誰かの話」だと思っているあなたに、ぜひ読んでいただきたい。そんな想いを込めて綴ります。
今回の取材にご協力いただいた方
中山安彩美さん(アスター共同代表)
婦人科の看護師として働く二児の母。小・中・高校での性教育講師や、長崎県子ども・若者総合相談センター月1相談員としても活動されています。
小岱海さん(アスター共同代表)
浄土真宗本願寺派のお坊さん。お寺を活用した居場所づくりやデートDV予防活動、不登校支援などにも携わっています。
「#つながるBOOK」の配布が目的ではじまった、アスターの活動
長野:まず、包括的性教育について教えていただきたいのですが…。
中山:とても簡単に言うと、「生まれたときからずっと、性教育は繋がっているよ」というものです。日本の学校教育では、子どもができる仕組みについては教えてくれるけど、それ以上を学ぶ機会がないんです。
「これは伝えない」とか、「大人になったら分かるでしょ?」という暗黙の了解みたいなものが多くて、異性に対して正しい知識を知らないまま大人になってしまうという現状があります。
小岱:私たちはそれに対する違和感を抱えながらも、もともとは個別で活動してたんです。そんな中で知ったのが「#つながるBOOK」でした。
学校で学ぶ月経や妊娠の仕組みや性感染症以外にも、恋愛やセックスの悩みに対しても優しく寄り添っている冊子だったので、とても良い教材だと思ったんです。
中山:毎日のように情報は変わり続けているので、#つながるBOOKに書かれている情報が新しいとされるいまの段階で、それを長崎の高校生に配布したい。そんな想いから、アスターは設立されました。
長野:団体にした理由というのは…?
小岱:個人での活動継続はもちろんなんですが、一人で動ける部分にも限界があります。今回の#つながるBOOKの配布で言えば、印刷費などがかかるので補助金を活用しようと思ったんです。
私たちが活用させていただいたのは、長崎市の助成金である「市民活動スタート補助金」でした。1団体10万円まで、設立3年未満など条件はあるのですが、市民活動における資金繰りに悩まれている方にはぴったりだと思います。
中山:事業が補助金の対象にふさわしいかプレゼン審査をしていただくんですが、実は稀に見る高得点だったそうなんです…!
先ほど話したように、高校生への配布を目的としていたのですが、審査員の方からは「大人にも知ってほしいよね」「若いときに知れたら良かった」という言葉もいただきました。
長野:普及事業の目的についてもお聞かせいただけますか?
中山:学校の授業だけでは、身体の仕組みなどは理解できるかもしれません。ただ、それを聞いて、「自分の心や身体を大切にしよう」とは思えないと思うんです。
私たちの目的は、人権としての性教育。包括的性教育普及事業を通して、「あなたの心と身体は、あなただけの大切なものなんだよ」ということを伝えていきたいと思っています。
小岱:「誰一人として傷つかない」というのはなかなか難しいけど、色んな人たちがいる中で、傷つくことのない世の中に変わっていくといいなあと、そう思ってます。
クラウドファンディングへの挑戦
包括的性教育普及事業のほか、「生理の貧困対策」にも活動の幅を広げているアスター。ここからは、今回挑戦したクラウドファンディングの概要と、それに至った経緯について。
1.「生理の貧困」
経済的な理由で、月経用品を購入できない状況のことを指します。
「月経(生理)」は多くの女性が経験するもので、個人差はありますが、およそ12歳~15歳で初経を迎え、50歳前後まで続くと言われています。
一回の月経は、約3~7日間。12歳で初経を迎え、50歳で閉経すると仮定すると、約2300日もの間も出血をしているという計算になるのです。多くの女性は、一生のうちナプキン代だけで35万円もの負担をしなければなりません。
この約35万円のお金を月経用品に当てることができない女性がいる。これが、「生理の貧困」です。
2.「生理の貧困」に陥る要因
①2019年の国の調査では、全世帯の約55%、そして、シングル世帯においては約88%にのぼる人が生活苦を訴えているような状況です。つまり、月経用品に限らず貧困であることです。
②保護者がナプキンを購入してくれない、または購入代金を与えてくれない。児童虐待の件数が年々増えている長崎県で危惧されているのが、ネグレクトや経済的暴力にあたる行為です。
③シングルファザー家庭では、父親に知識がないことでお子さんが相談しにくいといった場合もあります。また、母親と子どもの月経の個人差を理解できていない場合も同様に、保護者の理解不足も要因として挙げられています。
このような「生理の貧困」の現状と課題について、中山さんの上司から「若い世代の意見を聴かせてほしい」とお声掛けがあったそうです。SNSを中心に当事者や仲間の声を聴いていた中山さん、小岱さんは、それを先輩方に伝えようという想いから会合に参加しました。
アスター設立から2週間程度の状況で先輩方と意見を交わした後に、2人はクラウドファンディングの立ち上げを決意。その後、先輩や仲間の声に耳を傾けながらプロジェクトを進め、2021年12月に見事達成されました。
はじめの一歩は、包括的性教育の大切さを知ること
2021年12月のプロジェクト成功からおよそ2ヶ月、アスターを含む複数の団体で構成される〈「生理の貧困」対策プロジェクト・ながさき〉が主催となって、「『生理の貧困』から考える~誰もが生きやすい社会へ~」が開催。スタッフを含め、総勢約80名の方がオンライン上で集いました。
フォーラムでは、中山さんを中心に「生理の貧困」の現状や課題の共有が行われ、学生団体の取り組みも紹介。課題解決の糸口についても議論が交わされました。
中山:たくさんの方が興味を持ってくださったことはもちろんですが、その中で印象に残っているのが「女性って、こんなにずっと具合悪いんですか?」という言葉でした。
月経の初日から1ヶ月間の身体のサイクルを図式化したものを見た男性の言葉だったのですが、こうして異性に関する知識をひとつ持って帰っていただけることが重要。
男性が女性について理解することもそうだし、逆も然り。もっと言えば、子どもだけ、大人だけという区別をするのではなく、社会全体として性について知っていただくことが大切だと思います。
小岱:相手を知ることでその人のことを大切にできるし、自分を知ることで自分の心や身体を大切にできる。アスターでは今後、「包括的性教育」に興味を持ってくださる方たちと一緒に、より多くの意見交換をしていけたらと思っています。
必要なのは、知識よりも意識。知識は私たちと一緒に身につけることができると思うので、興味のある方はぜひ、お気軽に参加してみてほしいです。
恋愛や、大切に思う異性との関わり方といった、ちょっぴり話しづらい悩みごと。情報社会と言われる現代で、それに対する正しい答えを探し当てるのは簡単ではありません。
ただ、だからといって「何となく」行動に移してしまうのか、「自分や相手を大切にしたい」というきっかけにできるのか。その選択によって、あなたと大切な人の関係も大きく変わってしまいます。
どうしたらいいのか分からないときは、相手の話に耳を傾けてみましょう。性について学んでみたくなったら、#つながるBOOKを読んでみたり、アスターの活動をチェックしてみてください。
きっと、人の数だけ答えがあるはずです。